ロングランエッセイ

Vol.83 清正井

URB HOUSE PHOTO

 明治神宮前の交叉点にあるビルの屋上に出来た雑木林のような庭を見た。こんな繁華街に爽やかな風を感じられる贅沢な場所をよく造ったと感心しながら、庭に面した店でパンとコーヒーを買い、中央の樹木スペースをとり囲んだカウンターに座って、ブレックファーストと洒落てみたが、心地好かった。
 陽射しがきつくなったので日陰に移ろうとしたら、ふっと温度が下がった。ミストだった。樹の幹に縛り付けた噴霧バルブから、白くミストが吹き出されて、気温が下がったのである。あちこちの樹から吹き出していて、ミストを避ける人もいた。日射で熱くなったカウンターやデッキに打ち水してくれたら、もっと風情が出たと思う。この高さからの見晴らしも良く、丹下健三の名作、代々木体育館の曲面屋根の美しさを見るのに、もっとも相応しいところであるし、鬱蒼としている明治神宮の森も望めた。
 そのあと、夏の陽射しの中、明治神宮の清正井(きよまさのいど)を目指した。二十メートルを超える樹の密集している林道では、日射にあたることはなかったが、やはり、かなり暑かった。しかし、御苑の一番奥にある清正井の水は冷たく、ハンカチを濡らして首に当てて暑さと汗を凌いだ。そのあたりはこの湧き水のせいか、いくぶん涼しかった。神宮の森は、百年あまり掛けてようやくつくり上げたものだが、今年生まれたばかりの屋上の雑木林も、これに負けないような武蔵野の美しい雑木林に育てあげて欲しいものである。

住宅雑誌リプラン・98号より転載


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