ロングランエッセイ

Vol.90 チセのセム

URB HOUSE PHOTO

 アイヌの伝統的な住居としてチセがある。旭川にあるものには、気候が厳しいこともあって入り口のところにセムという小さな小屋がついているが、最近の住宅にある風除け室と同じ役目をもっている。ずいぶん前に、このようにつちかわれた知恵を探ろうとチセに体験宿泊を試みた人がいる。
 チセでは、冬だけでなく夏も囲炉裏に火を残しておいたという。確かに夏でも日が落ちると肌寒いこともあるので火を焚いたのかと思ったら、深い意味があった。旭川の八月、気温がプラス二〇度の時、地下五メートルではプラス七度で、旭川の一月、気温がマイナス一〇度の時、地下五メートルでは、なんとプラス一〇度もある。地下五メートルでは、夏と冬が逆転して、冬の気温のほうが夏より高い。チセでは地面に囲炉裏をつくり、火を燃やすというより熾きを絶やさず、低い温度のまま一年中、床を温めていた。チセの床の下の土、地下五メートルまでの土を一年中一〇度に保つようにしていたのである。これは、低温輻射暖房方式と呼ぶが、冬のために夏から地面の温度を下げない努力をしているわけで、一年がかりのシステムを造っていた。最近の地熱利用の暖房方式の原型である。当然、電気や灯油を使わないところが凄い。しかし、半そでで冬を過ごせる温かさではないので、厚い服を着込んでいたが、体験宿泊の人たちは、あまりの寒さに薪をくべすぎ、断熱材としてチセを守ってくれていた厚い雪を溶かしてしまったので、暖められた空気は一気に上に抜け、裾からは零下一〇度を超える寒気が入ってきて、宿泊をあきらめたという。
 歴史的な時間をかけて作ってきた智慧に敬意を払い、謙虚に受け止めないといけない。 

住宅雑誌リプラン・105号より転載


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