ロングランエッセイ

Vol.101 ペニンシュラキッチン

URB HOUSE PHOTO 建築写真家 藤塚光政さんと建築家 阿部勤さん

昨年六月に、どうしても見たかった所沢にある建築家、阿部勤さんの家を見に行った。というよりも押しかけた。阿部さんに躾けられたものにあふれた家は、ちょっと見るだけではもったいないし、むしろ失礼なような気がした。「北海道の美味しいものを持っていって、料理もするから、阿部さんちで、宴会をやらしてくれ」と押しかけた。十数人で行ったが、家の中心にある八畳の居間やその周りにぐるりとある部屋は、自由自在につながる空間で、にぎやかだし、おまけに外にも開放されている造りなので、敷地全体を味わい尽くす宴会ができた。
 そのなかでも注目していたのは、阿部さん自慢のペニンシュラキッチンであった。奥さんを亡くした後、自分で料理をしたり、友達を呼んだ時に、楽しく過ごしたいと考え出したキッチンである。既設のキッチンの真ん中から直角に、小さな流しとコンロを継ぎ足したもので、半島のように突き出ているから、ペニンシュラキッチンと呼ぶという。さらに、手際よく料理するために、手近に物を置けるように、ちょうどいい具合の高さの棚やフックなどに、皿やビンやコップが所狭しとならんでいる。阿部さんに躾けられ、使い込まれた食器や器具が並ぶのを見ると、美味いものを作っていたに違いないと思えたけれども、それに負けないように、北海道特産のラムチョップや牡蠣のガンガン焼き、塩辛付きのジャガイモに、焼きアスパラなどの料理で責め立てたら、料理自慢の阿部さんは喜んでくれた。
 しかし、そこは、なんたって「阿部さんち」だった。これまで躾けてきたものたちに溢れていて、半日もうろうろしていたので、「阿部さんち」の感触が、体に染み込みそうだった。けれども、ここの本当の良さは、泊まらないとわからないなと思った。
 13年前にJIA25年賞をもらった「阿部さんち」は、充分熟成した50年ものの家だった。


住宅雑誌リプラン・116号より転載


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