ロングランエッセイ

Vol.107 艶

URB HOUSE PHOTO

久しぶりに釧路、潮見台の家を建築家仲間と訪れた。40年ほど前に建築家上遠野徹先生の下で、現場監理をしていた家である。この家の建て主は、戦後すぐにナラやタモなどの良質な道産材が、ヨーロッパの高級家具や高級棺桶の材料として、小樽から大量に船積みされているのを見て「これは大変」と自らタモ、ナラ、カラマツ、ニレなどを集めたという。これらの道産材を使った家を造ろうとして、上遠野先生にお願いしたのである。
 どの材料も十分な厚みと幅、そして長さもあったので、天井にも、床にも、さらに建具や枠や見切り縁に至るまで存分に使われた。居間の床はナラの寄木張りで、天井は長さ数メートルを超えるカラマツの小幅板を張りあげているが、すっかり艶が出てきて、豊かである。さらに、本格的に土を塗り籠めた壁もしっとりとした艶を帯びて、ますます全体に色気を感じた。
 そのゆったりとしたリビングのソファに座っていると、心底から、落ち着きの深さを感じた。同行した人たちに「ここの真髄は、ソファにしばらく座って初めてわかる。黙って座って居ると良い」と叫んでしまった。空間の魅力は、写真や映像で表現しきれるものではなく、現実体感して、触覚的に感じ、目を閉じてさえも感じるものだと覚醒したのである。そのソファから立ち上がるのが、惜しいと思うほどであった。身心解脱して、物と心が一体になるのを坐忘というが、まさにそれであった。
 このような優れた空間は、建築を志す人に体験してほしいし、将来の建築文化のためにも、このような優れた建築を残していかなければいけない。


住宅雑誌リプラン・122号より転載


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