ロングランエッセイ

Vol.110 寄り付き

URB HOUSE PHOTO

軽井沢にある吉村順三の設計した「森の家」を見に行った。吉村は、居心地の良い住まいを設計した名建築家だが、自分の別荘としてつくった「森の家」は独創的である。
 高い木の多い軽井沢の森に住むために、地面からの湿気を避けて一階に玄関と機械室だけをコンクリートでつくり、その上に居間や台所などを載せるために、コンクリートの床を大きく跳ね出したので、住まいが浮いてるように見える。見通しも良く、新緑の爽やかさを楽しめるからと居間を二階に上げ、森との一体感を求めて、床までの開口部をつくり、幅も大きく広げている。その先の木製のバルコニーに出ると、森の中に踏み出すようである。屋根の高いほうには、寝室をつくったり、屋根に上がって空を見るところもある。このような説明だと大袈裟な建物のように思うが、「森の家」は軽快に見えるようになっている。一階のコンクリート壁も丁寧につくられていて、二階の壁も薄い板張りであるうえ、屋根や庇も薄くできているので、颯爽としている。
 いっそう爽やかに見せようと工夫を凝らしているのが、「森の家」への寄り付きである。敷地に入るあたりから、低い石垣に縁取られながら、少しずつ曲がりながら、ゆっくり登って行くと樹々の陰に、大きめの巣箱のような、住まいが浮いているように見えてくる。すでに木部はすっかり水分も抜け、灰色味がかり、まるで草庵の風情である。使う人がいないようだが、このように、森に住み続けている感じのする住まいは、なかなか見かけない。
 茶室をつくるときには、茶室に着くまでの寄り付きを大事にして、低木や中木の配置や石やコケなどの見え方に細かく気を配るが、「森の家」も同じように、家までの寄り付きを慎重につくっている。森の中にしっくりと収まる住まいの見本として、残してほしいものである。この寄り付き、少しずつ曲がって登る路地がなければ、爽やかな巣箱のようには見えない。森と一緒でなければ残さないほうが良いし、ポツンと平らなところに移築などしては、可哀想である。


住宅雑誌リプラン・125号より転載


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