Essay by Maruyama/連載エッセイ

vol.6「空間」
写真
 当時、海の色が変わるほどにニシンが群来たので「千石場所」と呼ばれた鬼鹿の海岸に、花田家番屋は堂々と建っている。
 まるで日本海と対峙するように建ち尽くす、その姿は雄大で頼もしい。この木造の倉庫のような番屋の中に、なんと三百畳もの広さの大空間がある。玄関の高い敷居を跨いで土間に入ると、そこには壮大なまでの高さの吹き抜けを持つ空間が広がっている。その広い空間の真ん中に八十畳ほどの板の間があり、まわりには三段構えのひな壇状の板の間がぐるりと造られている。
 ここでは、ひな壇状の空間構成・ひと抱えもある四本柱の太さ・吹き抜けの小屋組の楽しさなどが組み合わさって、実に魅力的な空間にでき上がっている。中央の板の間を舞台にすれば、周囲のひな壇状のところは客席になる。板の間に上り、あちらに立ち、腰を掛けたりして芝居が演じられている様を想像すると、この番屋空間はたちまち素晴らしい演劇空間になってしまう。
 ニシン漁華やかな頃、ここには二百人もの人達が寝起きをして、ニシンが来ると昼夜を問わず働き通しだったという。中央の板の間は漁夫たちが食事したりするところで、ひな壇になった板の間は漁夫たちがメザシのように並んで寝るための寝床であった。ひな壇の下は、裏から回って道具入れに使われている。
 この花田家番屋は、ニシンを取ることだけを考えて造られた。そうして造られた空間が、時間と機能を越えてわたしたちを魅了する力を持っていることは驚きです。魅力的に造られた空間は、時間の経過や機能性の喪失をすら乗り越えて生き残り、訪れる人に感動を与えられることを教えてくれている。
 この建物は、空間そのものの力を生かして、まだ見ぬ未来のひとびとをも魅了するような、空間を創造しようとする建築家にとっても今もかけがえのないもの見本となっている。

住宅雑誌リプラン・21号より転載
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