Essay by Maruyama/連載エッセイ

vol.54「微風」(そよかぜ)
写真
 今年は、五月になっても寒い日が続いて桜もおくれた。末近くなって、ようやく春らしい温かさになると青空も戻ってきた。札幌近くの丘陵を走っていて、初々しい緑の見えるところで車をとめた。寒さが続いたせいか、こぶしも桜も木の芽もいっせいに開いたように、爽やかな春の芽吹きというより、晴れやかな感じのする丘の風景だった。
 あまりの爽やかさに思わず車の窓を開けると、外の空気が車のなかに一気に入り、春のすがすがしさに満ちた。たまにサーッと微風(そよかぜ)が顔をかすめて抜けていく。その心地よさに窓だけでなく車のドアを開け放してみると、顔だけでなく足元から、からだ全体を包むように微風が吹き抜けていく。鳥の声が静かな空に響くなかで、たまにサーッと吹き抜けるこの微風をジーと待っていると、今、春の風のなかに居る、春の息吹のなかに居る、と思えた。
 家のなかに居ても、この「春の息吹のなかに居る」を実感できるようにしたい。こんなに爽やかな風を恵んでくれている春の天気に申しわけない。春のこの一瞬だけかもしれないが、この北海道の春の「とっておきの風のご馳走」を無駄にしてはなるまい。断熱や気密をやめようというのではない。なんでも数字に置き換えて性能数値を追い求めること以上に、数字に表しにくい、この春の空気や風の爽やかさを求めることがたいせつである。冬を暖かく過ごしながら、爽やかな風の吹き抜ける春を楽しみにできる家、これから訪れる季節を心待ちにできるものをつくりたいと思う。

住宅雑誌リプラン・69号より転載
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