Essay by Maruyama/連載エッセイ

vol.58「水ぬるむ」
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 春に見る雪解け水は、とうとうと勢いがあってさわやかである。木々の新芽も、この雪解け水の勢いを受けてぐいぐいと伸びていく。水の流れを見るだけで生気を受け取り、水のありがたさを実感する。
 東京台東区にある彫刻家・朝倉文雄の旧宅を利用した朝倉彫塑館は、建物と渡り廊下でぐるりと囲まれた中庭をすべて池にしている。湧き水を利用しているといわれるが、水は縁側の下まで入り込み、深さは1メートルを超えるので、たっぷりとした水を湛えていて、水面にかぶる樹の枝にも趣があり、おおらかで鷹揚な魅力を持っている。その池のなかには、儒教の「仁」「義」「礼」「智」「信」をあらわす五つの巨石が置かれていて、朝倉文雄が自己を省みるためにつくった「五典の水庭」と呼ばれている。訪れたのは夏の暑いときだったが、水面を渡る風も頬に心地よく、北海道でもつくってみたいと思った。
 五年ほど前に、水の魅力を楽しめる家をつくろうというので、居間のすぐ前に池を掘る機会があった。深さ四十五センチほどの池であったが、今も無事である。池も樹木と同じように冬囲いをしてやれば、池の水はそのままにしておいても大丈夫である。桟を渡して筵をかけておけば上のほうの水は凍るが、底まで凍れ上がることはないので、ドジョウや金魚も春には元気に顔を出す。夏の日射や気温の上昇で池の水もかなり蒸発するが、気化熱を奪いながら建物周りの温度を下げているから、屋外を冷房していると考えれば良い。
 池があるおかげで、雪囲いの無い八ヵ月の間、風や雲や雨やお日様の加減で刻々と移り変わっていく水面の様子を眺めているのは楽しい。儒教の自己反省とまでいかなくとも、自然の移り変わるところをゆったりと実感してほしいものだ。

住宅雑誌リプラン・73号より転載
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